工場で働いていると、最初はつらいと感じていたことにも、少しずつ慣れていくことがあります。
単調な作業。
決められた時間。
同じような毎日。
納得できない給料。
疲れて帰って、また仕事に向かう生活。
最初は、心の中で何度も思うかもしれません。
「このままでいいのか」
「いつまで続けるんだろう」
「本当は違う生き方がしたい」
でも、その違和感も毎日の疲れに押し流されていくことがあります。
忙しさや疲労が続くと、人は深く考える力を失っていきます。
考えると苦しくなるから、考えないようになる。
変えられない現実を見るのがつらいから、感じないようになる。
そして、いつの間にか心が無感覚になっていく。
僕は、この状態が一番怖いと思っています。
つらいと感じているうちは、まだ自分の本音に気づけています。
虚しいと感じているうちは、まだ今の現実に納得していない自分が残っています。
でも、何も感じなくなってしまうと、疑問すら浮かばなくなります。
「まあ、こんなものだろう」
「どうせ変わらない」
「考えても仕方ない」
「自分の人生なんて、こんなものだ」
そうやって、自分の可能性を少しずつ閉じてしまう。
もちろん、現実を受け入れることは必要です。
働くことも、生活を守ることも大切です。
でも、現実を受け入れることと、自分の本音を殺すことは違います。
苦しさに慣れすぎると、自分が何を望んでいたのかも見えなくなります。
本当は変わりたかったこと。
本当は挑戦したかったこと。
本当はもっと納得して生きたかったこと。
そういう気持ちまで、奥に沈んでしまいます。
だから、心が完全に無感覚になってしまう前に、一度だけでも自分に問いかけてほしいのです。
「今の生活で、本当に納得できていることは何か」
「逆に、納得できていないことは何か」
「このまま続いたら、自分はどう感じるのか」
「本当は、どんな時間を増やしたいのか」
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
大切なのは、問いを持つことです。
心が無感覚になっていくと、問いすら消えていきます。
だからこそ、違和感が残っているうちに、その感覚を言葉にしておくことが大事です。
休憩時間に一行だけでもいい。
帰り道に頭の中で考えるだけでもいい。
寝る前にスマホのメモへ残すだけでもいい。
「今日も虚しかった」
「本当はこのままでは嫌だ」
「何を変えたいのか、まだわからない」
それだけでも、自分の感覚を取り戻すきっかけになります。
心が無感覚になるのは、あなたが弱いからではありません。
長く耐えてきたからです。
考えても変わらないと思うほど、何度も現実に押し戻されてきたからです。
でも、何も感じないふりをし続けると、自分の人生を選び直す力まで弱くなってしまいます。
だから、まだ少しでも
「このままでいいのか」
と思えるなら、その問いを大切にしてください。
その問いは、苦しいものです。
でも同時に、あなたの中にまだ感覚が残っている証拠でもあります。
工場勤務で心が無感覚になっていく前に、まずは自分の違和感を一つだけ拾ってみる。
そこから、自分の人生をもう一度見つめ直す時間が始まります。

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