どうも、ススムです。
工場の仕事がつらいと感じる時、
「自分はこの仕事が嫌いなんだろうか」
と考えることがあります。
単純作業が嫌なのか。
体が疲れるのが嫌なのか。
同じことの繰り返しが嫌なのか。
職場の空気が合わないのか。
もちろん、それもあると思います。
立ち仕事で体が削られることもあります。
夜勤で生活リズムが崩れることもあります。
同じ作業を繰り返す中で、心が乾いていくように感じることもあります。
でも、僕はそれだけではないと思っています。
工場の仕事が嫌いというより、
その先の未来が見えないことが苦しい
場合もあるのではないでしょうか。
仕事そのものは、何とかこなせる。
作業も覚えればできる。
人間関係も、最低限なんとかやっている。
生活のために働くことも理解している。
それでも、ふと考えてしまう。
「この先、自分はどうなるんだろう」
「何年後も同じことをしているのだろうか」
「この時間は、自分の未来に何か残しているのだろうか」
ここに、苦しさがあるのだと思います。
仕事が大変でも、その先に納得できる未来が見えていれば、人は踏ん張れることがあります。
今はきついけれど、少しずつ成長している。
今の経験が、次の道につながっている。
この時間が、自分の望む生き方に近づいている。
そう感じられれば、同じ仕事でも意味が変わります。
でも、未来が見えないまま働き続けると、仕事の時間がただの消耗に感じてしまいます。
今日も働いた。
疲れた。
給料は入る。
でも、自分の人生はどこへ向かっているのかわからない。
この状態が続くと、心は少しずつ重くなります。
だから、工場の仕事がつらいと感じた時、すぐに
「この仕事が嫌いなんだ」
と決めつけなくてもいいと思います。
もしかすると本当に苦しいのは、仕事内容そのものではなく、未来とのつながりが見えないことかもしれません。
それなら、最初にやることは仕事を否定することではありません。
今の時間から、未来に使えるものを一つ拾うことです。
仕事中に感じた違和感。
単純作業の中で浮かんだ問い。
人間関係で学んだこと。
続けてきた忍耐。
生活を守ってきた現実感。
そういうものを、一つずつ言葉にしてみる。
すると、ただ消耗だと思っていた時間の中にも、未来の材料が見えてくることがあります。
もちろん、それですぐに現実が変わるわけではありません。
でも、未来がまったく見えない状態と、未来に使える材料を少しずつ拾っている状態は違います。
もしあなたが今、工場の仕事に苦しさを感じているなら、一度だけ問いかけてみてください。
「僕はこの仕事そのものが嫌なのか」
「それとも、この先の未来が見えないことが苦しいのか」
その問いの答えによって、次にするべきことは少し変わります。
未来が見えないなら、まずは小さく未来につながる材料を拾う。
そこから、今の仕事の時間の意味も少しずつ変えていけるかもしれません。
工場の仕事が嫌いというより、未来が見えないのが苦しい。
そう気づけた時、あなたはただ辞めるか耐えるかだけではない、別の選択肢を探し始めることができます。
ススム

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