毎日をこなすだけの人生に違和感を持ったら

どうも、ススムです。

毎日をこなしている。

そんな感覚になることがあります。

朝起きる。
仕事に行く。
決められたことをする。
疲れて帰る。
食事をして、少し休んで、また眠る。

そして、また次の日が来る。

一日一日は、ちゃんと過ごしている。
仕事もしている。
生活も続けている。
最低限、やるべきことはやっている。

でも、心のどこかで思う。

「これは、自分が望んでいた人生なんだろうか」

この違和感は、すぐには言葉にしづらいものです。

別に何もしていないわけではありません。
むしろ、毎日ちゃんと働いている。
生活を投げ出しているわけでもない。

だから余計に、自分でも説明しにくいのです。

でも、ただ毎日をこなしているだけの感覚が続くと、少しずつ自分の本音が遠くなっていきます。

本当は何がしたかったのか。
何に納得していないのか。
どんな時間を増やしたいのか。
何を諦めきれていないのか。

そういう問いが、日々の疲れの中に埋もれていく。

僕は、ここに危うさがあると思っています。

毎日をこなせていることは、悪いことではありません。

現実を守るためには、こなさなければいけない日もあります。
生活のために、感情を横に置いて働く日もあります。
やる気がなくても、淡々と続けることで守れるものもあります。

でも、人生全部が「こなすだけ」になってしまうと、心は静かに乾いていきます。

問題は、毎日が地味なことではありません。

問題は、その毎日の中に、
自分で選んでいる感覚がなくなっていくこと
です。

何となく続けている。
仕方なく続けている。
変えるのが怖いから続けている。
考えると苦しいから、考えずに続けている。

そうなると、日々は流れていきます。

でも、自分の人生を生きている感覚は薄くなっていきます。

もしあなたが、毎日をこなすだけの人生に違和感を持っているなら、まずはその違和感を責めないでほしいです。

「贅沢な悩みだ」
「みんな同じだ」
「働けているだけありがたい」

そう言われるかもしれません。

でも、それで納得できないから、違和感が残っているのだと思います。

その違和感は、あなたの中にまだ
「ただこなすだけでは終わりたくない」
という気持ちがある証拠かもしれません。

だから、いきなり人生を大きく変えようとしなくてもいい。

まずは、こなすだけの毎日の中に、一つだけ自分で選ぶ時間を作ってみる。

休憩時間に一行だけメモする。
通勤中に、自分の本音を一つ考える。
寝る前に、今日の違和感を言葉にする。
休日に、10分だけ未来のために使う。

それくらいで構いません。

小さすぎると思うかもしれません。

でも、ただ流される毎日から、自分で一つ選ぶ毎日へ変えること。
そこに意味があります。

毎日をこなすことに慣れてしまうと、選ぶ感覚は弱くなります。

だからこそ、小さな選択で取り戻していくのです。

今日、何を考えるか。
何を残すか。
何をやめるか。
何に時間を使うか。

その一つひとつが、自分の人生に戻るための小さな入口になります。

毎日をこなすだけの人生に違和感を持ったなら、その感覚を消さないでください。

その違和感は、あなたの人生がまだ完全には止まっていないことを知らせてくれているのかもしれません。

こなすだけの日々の中にも、選び直せる瞬間はあります。

まずは今日、一つだけ。

自分のために選ぶ時間を作ってみてください。

ススム

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