何度も折れかけても、諦めなかった理由

どうも、ススムです。

僕は、何度も折れかけてきました。

夢を追っていた頃も。
音楽に本気で向き合っていた頃も。
生活のために働きながら、自分の未来を考え続けていた時期も。

「もう無理なんじゃないか」
「自分には向いていないんじゃないか」
「このまま普通に働いて生きるしかないんじゃないか」

そんなふうに思ったことは、一度や二度ではありません。

それでも、完全には諦めきれませんでした。

理由は、きれいなものばかりではありません。

負けたくなかった。
悔しかった。
このまま終わるのが嫌だった。
何も成し遂げないまま歳を重ねる未来が怖かった。

そういう感情も、確かにありました。

でも、それだけではなかったと思います。

僕が諦めきれなかった一番の理由は、
一度、本気で生きた感覚を知っていたから
です。

本気で音楽に向き合っていた時間。
自分の言葉を磨いていた時間。
誰かに届くものを作りたいと願っていた時間。
うまくいかなくても、それでも何かを形にしようとしていた時間。

その記憶が、自分の中に残っていました。

だから、生活のためだけに働く日々の中でも、心のどこかで思ってしまうのです。

「本当は、自分はこんなふうに終わりたいわけじゃない」

この感覚は、時に苦しいです。

諦めてしまえたら楽なのに、諦めきれない。
今の現実に合わせて感覚を鈍らせればいいのに、どこかで納得できない。

でも、その諦めの悪さが、僕をここまでつないできたのだと思います。

もちろん、一人でずっと強くいられたわけではありません。

支えてくれた人がいました。
問いを投げ続けてくれた人がいました。
僕以上に、僕の可能性を見てくれた人がいました。

そういう存在があったから、完全に折れずに済んだ部分も大きいです。

人は、一人だけで自分を信じ続けるのが難しい時があります。

疲れている時。
結果が出ない時。
生活に追われている時。
自分の過去を責めてしまう時。

そんな時に、自分の中だけで希望を保つのは簡単ではありません。

だからこそ、僕は「一人で全部抱えなくていい」と思っています。

ただし、最後に選ぶのは自分です。

誰かの言葉に支えられながらでもいい。
過去の本気を思い出しながらでもいい。
悔しさを燃料にしてもいい。

もう一度、自分で選び直すことはできます。

何度も折れかけたからこそ、僕は思います。

折れかけること自体は、終わりではありません。

本当に終わるのは、自分の中に残っている小さな火を、完全になかったことにしてしまう時です。

もしあなたが今、折れかけているなら、無理に強くならなくていいと思います。

ただ、一つだけ問いかけてみてください。

「本当は、まだ諦めきれていないことはないか」

その答えが少しでもあるなら、まだ終わっていません。

何度折れかけても、そこからまた選び直すことはできます。

僕も、そうやってここまで来ました。

ススム

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