どうも、ススムです。
人生の中には、
「自分は何者でもなかった」
と感じる時期があります。
特別な成果を出したわけでもない。
人に誇れる肩書きがあったわけでもない。
夢に向かって進めていたわけでもない。
ただ働いて、疲れて、生活を回していただけ。
そんな時間を振り返ると、
「何も残せなかった」
と思ってしまうかもしれません。
僕にも、そう感じる時間がありました。
何かを形にできている人を見ると、自分だけが止まっているように感じる。
夢や目標を語る人を見ると、自分の中身が空っぽに思える。
毎日をこなしているだけの自分に、意味を見いだせなくなる。
でも、何者でもなかった時間は、本当に何もなかった時間なのでしょうか。
僕は、そうとは限らないと思っています。
その時間の中にも、あなたは何かを感じていたはずです。
悔しさ。
焦り。
虚しさ。
諦め。
それでも残っていた小さな願い。
そういう感情は、派手な実績にはなりません。
履歴書にも書けません。
誰かに見せられる成果にもなりにくいです。
でも、自分の人生を見つめ直す材料にはなります。
何者でもなかった時間に、何を感じていたのか。
何に苦しんでいたのか。
何を諦めきれていなかったのか。
本当は、どんな自分でありたかったのか。
そこを見つめると、その時間はただの空白ではなくなります。
むしろ、今のあなたが何を大切にしたいのかを知るための、深い材料になることがあります。
何者でもなかったからこそ、何者かになりたい気持ちが残った。
何も進んでいないように感じたからこそ、自分の時間を無駄にしたくないと思えた。
虚無を感じたからこそ、納得できる生き方を探し始めた。
そう考えると、あの時間にも意味はあります。
もちろん、過去を無理に美化する必要はありません。
つらかったものは、つらかった。
空白に感じるものは、空白に感じる。
もっと早く動けたらよかったという後悔もある。
それでいいと思います。
ただ、全部を無価値だったと決めつける前に、一度だけ問いかけてみてください。
「何者でもなかったあの時間に、僕は何を感じていたのか」
その答えの中に、これからの自分を作るヒントがあるかもしれません。
何者でもなかった時間は、終わった失敗ではありません。
まだ言葉になっていない経験です。
まだ整理されていない本音です。
これから使い直せる材料です。
あなたの過去には、空白に見える時間があるかもしれません。
でも、その空白の中にも、今のあなたにつながる感情や気づきは残っています。
それを拾い直した時、何者でもなかった時間にも、少しずつ意味が生まれていきます。
ススム

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