「仕方ない」で毎日を片づけてしまう怖さ

どうも、ススムです。

毎日の中で、
「仕方ない」
という言葉を使うことがあります。

仕事がつらい。
でも、生活があるから仕方ない。

給料に納得できない。
でも、今すぐ変えるのは難しいから仕方ない。

本当は違う生き方をしたい。
でも、年齢もあるし、今さら仕方ない。

この言葉は、とても便利です。

現実を受け入れる時にも使えます。
自分を落ち着かせる時にも使えます。
どうにもならない状況で、心を守るために必要な時もあります。

だから、「仕方ない」と思うこと自体が悪いわけではありません。

僕も何度も使ってきました。

疲れている時。
思うように動けない時。
今の生活を変える勇気が出ない時。

「仕方ない」
と自分に言い聞かせることで、何とかその日をやり過ごしてきたことがあります。

でも、この言葉には怖さもあります。

それは、何度も使っているうちに、
自分の本音まで片づけてしまうこと
です。

本当は嫌だと思っている。
本当は納得していない。
本当は変わりたい。
本当はこのままでは終わりたくない。

そういう声が出てきても、すぐに
「でも仕方ない」
で閉じてしまう。

これを繰り返していると、だんだん自分の本音が見えなくなります。

最初は違和感があったはずなのに、少しずつ慣れていく。
慣れていくと、考えることをやめていく。
考えなくなると、選ぶこともやめてしまう。

そこが怖いのです。

「仕方ない」は、現実を守る言葉にもなります。

でも、使い方を間違えると、自分の人生を止める言葉にもなります。

だから、もしあなたが最近、何でも
「仕方ない」
で片づけているなら、一度だけその後に問いを足してみてください。

「仕方ない。でも、本当は何が嫌なのか」

「仕方ない。でも、少しだけ変えられることはないか」

「仕方ない。でも、このまま続いたら自分はどう感じるのか」

この問いを置くだけで、少しだけ本音に戻れます。

大きな行動をしなくてもいいです。
すぐに仕事を辞めなくてもいいです。
人生を一気に変えようとしなくてもいいです。

まずは、仕方ないで閉じる前に、自分の本音を一つだけ拾う。

それだけでも違います。

「仕方ない」で毎日を片づけ続けると、心は少しずつ静かになります。

でも、その静かさは、本当に納得した静けさではなく、諦めに近い静けさかもしれません。

だから、あなたの中にまだ違和感が残っているなら、その声を消さないでください。

仕方ない現実の中にも、選べることは少しだけ残っています。

今日、一行だけ本音を書く。
明日、5分だけ考える。
休憩時間に、違和感を一つ残す。

その小さな行動が、「仕方ない」で閉じていた毎日に、少しだけ別の道を作ってくれます。

仕方ないで終わらせる前に、ひとつだけ問いを置く。

そこから、あなたの再選択は始まります。

ススム

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