仕方ないという正論が、人を止めてしまう

どうも、ススムです。

「仕方ない」

この言葉は、とても現実的です。

生活のためには働かなければいけない。
お金が必要だから、今の仕事を続けるしかない。
年齢的に、今さら大きく変えるのは難しい。
時間も体力もないから、できることには限りがある。

たしかに、その通りだと思います。

現実を無視して、何でも好きなように変えられるわけではありません。
守らなければいけない生活もあります。
簡単に辞められない仕事もあります。
不安がある中で、大きな決断をするのは怖いものです。

だから、「仕方ない」と思うこと自体は悪くありません。

問題は、その言葉を使い続けることで、自分の本音まで止めてしまうことです。

本当は変えたい。
でも仕方ない。
本当は納得していない。
でも仕方ない。
本当は違う生き方を考えたい。
でも仕方ない。

そうやって何度も自分に言い聞かせていると、少しずつ考えることをやめてしまいます。

「仕方ない」は、現実を受け入れるための言葉でもあります。

でも同時に、自分の可能性を閉じる言葉にもなります。

僕も、何度もこの言葉を使ってきました。

今は生活があるから仕方ない。
疲れているから仕方ない。
時間がないから仕方ない。
結果が出ていないから仕方ない。

そう言えば、一時的には楽になります。

考えなくて済むからです。
動けない自分を、少しだけ正当化できるからです。

でも、その楽さの代わりに、自分の中の小さな火が弱くなっていく感覚もありました。

「本当はこのままでは嫌だ」

その声まで、仕方ないで押し込めてしまう。

これが続くと、心はだんだん動かなくなっていきます。

だから、仕方ないと思った時ほど、一度だけ問いを足してみてほしいのです。

「仕方ない。では、その中で一つだけ選べることは何か」

この問いです。

仕事をすぐ辞められない。
それは仕方ない。

では、その中で休憩時間に一行だけメモすることはできるか。

時間がない。
それは仕方ない。

では、通勤中に5分だけ考えることはできるか。

自信がない。
それは仕方ない。

では、誰にも見せないメモに本音を書くことはできるか。

仕方ない現実の中にも、小さく選べる部分はあります。

全部を変えられなくても、一つだけなら変えられることがあるかもしれません。

大切なのは、仕方ないという言葉を終点にしないことです。

仕方ない。
だから何もしない。

ではなく、

仕方ない。
それでも、何を一つ選ぶか。

そう考えるだけで、少しだけ自分の人生に戻ってこられます。

現実を受け入れることは大切です。

でも、自分の本音まで諦める必要はありません。

もしあなたが今、何かにつけて
「仕方ない」
と自分に言い聞かせているなら、一度だけその後に問いを置いてみてください。

「その中で、今日ひとつだけ選べることは何か」

その小さな問いが、止まっていた時間を少しだけ動かしてくれます。

仕方ないという正論に、自分の人生を全部預けなくていい。

現実の中でも、まだ選べることは残っています。

ススム

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