生活費のために働く時間が、自分を削っている感覚

どうも、ススムです。

生活費のために働く。

これは、とても現実的で、大切なことです。

家賃を払う。
食費を払う。
光熱費を払う。
スマホ代を払う。
日々を生きるために必要なお金を稼ぐ。

働く理由として、これほどわかりやすいものはありません。

だから、生活費のために働くこと自体を否定する必要はないと思っています。

でも、長く続けていると、ふと感じることがあります。

「自分は、生活を維持するために、自分を少しずつ削っているのではないか」

仕事に行く。
疲れて帰る。
給料が入る。
支払いで消える。
また次の生活費のために働く。

この繰り返しの中で、生活は確かに回ります。

でも、自分の内側に何かが積み上がっている感覚がない。

むしろ、時間や体力や気力だけが少しずつ減っていくように感じる。

この感覚は、かなり静かに心へ来ます。

生活のためだから仕方ない。
働けているだけありがたい。
みんな同じように頑張っている。

そう言い聞かせることはできます。

でも、その言葉だけでは消えない虚しさがあります。

僕は、それは単なるわがままではないと思っています。

人は、生活を維持するだけでは、心から納得して生きられないことがあります。

自分の時間が、自分の未来につながっている感覚。
自分の経験が、何かに変わっている感覚。
今日の一日が、ただ消えただけではないという感覚。

そういうものがないと、生活は続いていても、心は少しずつ削られていきます。

だから、まずはこの感覚を否定しないでほしいのです。

「生活費のために働いているだけで、自分が削られている気がする」

そう感じるなら、それはあなたが弱いからではありません。

あなたの中に、まだ自分の時間をもっと意味あるものにしたい気持ちが残っているからかもしれません。

大事なのは、今すぐすべてを変えることではありません。

生活は守る必要があります。
現実を壊すような無理はしなくていい。

でも、その中で、自分を削るだけではない時間を少し作ることはできます。

休憩時間に一行だけメモする。
通勤中に、自分の本音を一つ考える。
寝る前に、今日の違和感を残す。
休日に10分だけ、未来のために使う。

それだけでも、生活費のためだけに消えていた時間の中に、自分のための小さな余白ができます。

生活を守るために働くことは大切です。

でも、自分を削り続けるだけの働き方に慣れすぎると、本音が見えなくなっていきます。

だから、今日ひとつだけ問いかけてみてください。

「この生活の中で、僕は何を少しずつ失っているのか」
「そして、何を少しだけ取り戻したいのか」

その問いを持つことから、あなたの再選択は始まります。

生活費のために働く時間を、ただ自分を削るだけで終わらせない。

ほんの少しでも、未来の自分に渡せるものを残していく。

そこから、日々の意味は少しずつ変わっていきます。

ススム

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